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名古屋高等裁判所 昭和58年(行ス)5号 決定 1983年9月16日

抗告人 甲野一郎

右代理人弁護士 伊神喜弘

相手方 愛知県立芸術大学学長 豊岡益人

右代理人弁護士 佐治良三

同 建守徹

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告の申立書及び抗告人の昭和五八年五月一六日付意見書記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は、別紙相手方の昭和五八年六月二七日付意見書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、抗告人は昭和五一年四月、愛知県立芸術大学美術学部芸術科彫刻専攻に入学し、昭和五七年三月当時第六年次に在籍中のものであるが、相手方より同年四月一四日到達の同月一三日付「除籍について(通知)」と題する書面により同月一日付で除籍された(以下「本件除籍」という。)ことが明らかである。

2  そこで本件執行停止の当否について検討する。本件記録によれば、相手方が抗告人に対し昭和五七年四月一日付でした本件除籍の違法性を否定した原審の認定、判断はこれを是認することができないものではないというべきであるが、さらに本件除籍の効力を停止すべき要件である回復困難な損害を避けるための緊急の必要性についての疎明も、また、以下に説示するとおり十分でないものと判断する。

(一)  抗告人は、この点につき

(1) 抗告人は、実技Ⅳ(卒業制作を含む)を除いて、学則四六条に定める卒業証書を授与されるため必要な科目を履修し、単位を取得しているが、本案判決の確定までには日時を要し、その間、卒業できない状態で社会生活を送らねばならないため、既に、二七歳という年令に達している抗告人としては、社会的、経済的に損害、不利益を蒙むることとなる。

(2) 抗告人の父は、母と離婚して現に行方不明であり、母は五七歳で大阪府豊中市にある○○○病院の看護婦をしているが、既に定年をすぎ、現在は嘱託にすぎないので、経済的にも極めて不安定な状態にある。抗告人には弟があり現在定職についてはいるが、二二歳という若年であり、長男である抗告人が、近いうちに母の扶養にあたらねばならない。

(3) 抗告人は、このような状況のなかで、主として奨学金と新聞配達のアルバイト等をしながら六年間の学生生活を送ってきたが、本件除籍により、今後はアルバイトで生活しなければならなくなり、抗告人は勿論、母の生活も破綻する可能性が大きい。

と主張し、以上の損害は回復困難な損害であって、抗告人にはこれを避けるための緊急な必要があると強調する。

(二)  本件記録によると、抗告人主張の前記(一)(1)ないし(4)の事実を認めるに吝かでないけれども、本件除籍の執行を停止することによって直ちに右による不利益が回避されるものとも認め難い本件においては、右認定の事実のみでは、未だ回復困難な損害を避けるための緊急の必要があるときにはあたらないというべきである。その他、本案勝訴の確定判決があるまで待っていては、在学関係を回復することが抗告人にとって無意味となり、又は実質上困難になるような事情が存することについてこれを認めるに足りる疎明はない。

3  よって、本件申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 佐藤壽一 窪田季夫)

<以下省略>

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